2025/4/1

コンビニの神様から学んだ事 2

      コンビニエンス・ストア ”マークセブン社” に入社
 
山田和夫は東京の池袋駅西口から少し歩いたトキワ通り沿いにある家に生まれた。 時代は映画「3丁目の夕日」に描かれた、所謂「団塊の世代」と言われ小学校から大学そして就職まで、その出生数の大きさから常に競争の世界にさらされ生きてきた集団である。 同時に日本全体が終戦を経て正しく高度成長が著しい時代でもあった。 

五歳離れた兄の影響を受け小学生から洋楽と言われた外国音楽もよく聞き、高校の時はオーディオ機器に興味を持ち、アンプやスピーカー、カーリッジなどを秋葉原の電気街に行き購入した。そんなことから大学を卒業して音響メーカーのトリオサウンド社に入社して音響機器(ステレオなど)の営業マンをしていた。

同社はメーカーであるが、当時の状況から新興国の追い上げが激しくなり、いずれは厳しい価格競争になると、山田は考え転職を模索していた時でもあった。事実その後三大音響メーカーと言われた、バイオ二ア社は中国系企業に、山海電気は消滅し、かろうじてトリオサウンド社は名門企業のマスコット社と企業統合して新しい道を歩み始めている。 その他中小企業の輸出メーカーを中心に倒産が相次いだ。

転職するに際し山田は2回ほど事前に千代田区にあったコンビニエンス・ストア(以下CVSと略)のフランチャイズ本部を運営するマークセブン社に足を運んでみた。   何故CVSかと言うと、たまたま覗いた書店に「マークセブンの奇跡」と言う本が目に停まり読み進むと、これからの世の中に浸透していくで有ろう、新しい小売業の姿を感じたからである。

当時は「麹町駅」から徒歩で5分位の三番町に本部はあった。勿論中には入れないが丁度裏門辺りだろうか、会議の休憩中と思われるが社員が喫煙のために出てきていた。 その人達を見て山田は真面目な人間の集団と感じ更に彼らの活き活きとした顔の表情に好感を持ち、出来るならば一緒に仕事をやりたい気持ちが湧いてきたのである。

そんな経緯を経てマークセブン社の入社に至りあの「FCミーティング」なるものに始めて参加をしたのは、約半年間に渡る店勤務や研修を終了した後の1981年(昭和56年)春先のことであった。

会議中の喫煙も珍しくない当時であるが、その濛々とした煙の中から登場したのが当時の鈴樹社長であった。

後にあの「コンビニの神様」と言われた人物である。

ライブハウスの中でジャズでも聞いているような雰囲気の中で現れた鈴樹社長の姿を見て山田は感動と興奮を覚えたが、30分ほどの講話の内容は正直ほとんど記憶がないくらい舞い上がっていた。

そんな中で鈴樹社長は、フランチャイズ・ビジネスの根幹は、本部と店は表裏一体である事、特にFCと言われるスーパーバイザーは直接に店の運営に関わらないので、第三者であるオーナーさんを通じてその具現化をして貰う為にも、コミュニケーション能力を大いに磨くべきと話された。

鈴樹社長の話の根幹は常に同じである。がその為に繰り広げられる話題は、無限を感じさせ、その中からいつの間にか基本の話へと繋がるのである。

「変化への対応と基本の徹底」 鈴樹社長の信条であり、会議の場が勉強の場へと変わるので有る。

 

※ご参考までに:江上剛著 スーパーの神様とコンビの神様 PHP文芸文庫より